京都大学大学院生命科学研究科 生体システム学分野 / 薬学部 神経機能制御学分野京都大学大学院生命科学研究科 生体システム学分野 / 薬学部 神経機能制御学分野

研究内容Research

分子生物学的手法による遺伝子改変マウスを用いた生理実験や、神経細胞や脂肪細胞、各種細胞株を用いた細胞レベルでの実験、質量分析計による代謝物解析や次世代シークエンサーを用いたゲノム解析、安定発現株を用いたGPCRリガンドスクリーニングに加え、個体レベルでの生命現象・生理機能の解明、そして機能性食品、プロバイオティクス、創薬などの実学応用へ繋げることを目指します。

Research01

食と腸内細菌代謝産物による短鎖脂肪酸受容体を介した宿主恒常性制御機構

近年、腸内細菌叢の変化は、宿主のエネルギー代謝制御や栄養吸収、免疫機能や神経機能等にまで影響を与え、さらに肥満や糖尿病に代表される生活習慣病にも密接に関与することがわかってきています。そして、宿主の代謝・免疫・神経機能とその恒常性維持において腸内細菌が果たす役割が証明されるとともに、食と腸内細菌の関係は医学的見地からも非常に注目されています。

その中でも、食事による食物繊維の腸内細菌分解産物であり、腸内細菌による最も主要な代謝産物である短鎖脂肪酸は、共生関係において、ヒトを含む宿主にとって重要なエネルギー源として知られています。しかしながら、宿主にはこの短鎖脂肪酸を認識する受容体もまた存在することから、私たちは、宿主生理機能へ腸内細菌が及ぼす影響の観点で、この短鎖脂肪酸とその受容体GPR41とGPR43に着目しました(Ikeda et al. Pharmacol Ther. 2022)。そしてこれまでに、私たちは食物繊維摂取により生じる短鎖脂肪酸がGPR41やGPR43を介して、臓器間、更には世代を超えた個体間での宿主エネルギー恒常性に関わることを明らかにしてきました(Kimura et al. Science. 2020, Kimura et al. Nat Commun. 2013, Kimura et al. PNAS. 2011、等)。

現在、私たちは、これら短鎖脂肪酸受容体を介した各種臓器間ネットワークによる生体恒常性調節機構について、研究を進めています。さらには、短鎖脂肪酸だけに止まらず、腸内細菌叢において産生される食物繊維様物質である菌体外多糖(Exopolysaccharide: EPS)や、その他、各種代謝産物が生体の恒常性維持に及ぼす影響について国内外の研究者達と研究を進めています(Miyamoto et al. Gut Microbes. 2023、等)。これらの研究によって、肥満・糖尿病に代表される生活習慣病に対する新たなる機能性食品の開発、プレバイオティクス・プロバイオティクスへの応用、そして宿主受容体を標的とした創薬応用へ繋げます。

Research02

性差を導く性ステロイドホルモンによる細胞膜上受容体を介した高次生命現象

近年、性ステロイドホルモンは性機能への関与だけではなく、母性行動、攻撃行動や情動、節食、リズム、睡眠、そして記憶や学習を含む高次脳機能に至るまでの多彩な機能に関与していることが明らかになってきています。従来、性ステロイドホルモンは核内受容体を介して、生体において種々の生理機能を発揮すると言われてきました。しかしながら、核内受容体を介するにしては、あまりにも即時的なステロイドホルモンにより誘発される反応が多数あり、これらの反応は細胞膜上の受容体を介して行われると予想されていましたが、その分子実体は現在まで明らかにされていませんでした。

近年、この性ステロイドホルモンの細胞膜上の受容体として、エストロゲンに対し、GPCRであるGPR30、またプロゲステロンに対し、mPRファミリーや、MAPRファミリーが同定されました(Kimura et al. CPPS. 2012)。私たちは、このうちのMAPRファミリーであるneudesinとneuferricinを世界で初めて単離・同定し、neudesinが神経栄養因子であり神経系を介して食事性肥満に関わる重要な因子であることを明らかにしました(Ohta et al. Sci Rep. 2015, Kimura et al. J Neurochem. 2010, Kimura et al. JBC. 2008)。これらの細胞膜上性ステロイドホルモン受容体は一般的に知られている核内受容体を介したgenomicな作用に対し、即時性のnon-genomicな作用(MAPK経路の活性化、細胞内Ca濃度の上昇等)を有します。そのために、核内受容体では証明できなかった、全く新たな性ステロイドホルモンの機能とリンクすると期待されています (Kasubuchi et al. Sci Rep. 2017)。

したがって、私たちは近年発見されたプロゲステロンの細胞膜上受容体のmPRおよびMAPRファミリーに注目し、性ステロイドホルモンの即時的反応の解明とそれに基づく生体機能調節機構の発見を目指します。この研究は乳癌や不妊等の従来の性ステロイド関連疾患治療薬開発だけに留まらず、雌雄差、性差に関連した生活習慣病、睡眠・リズム障害の新規治療パラダイム発見の可能性と、さらにはそれからの美容・健康と化粧品の融合医学への新たな知見を提供すると期待されます。

Research03

油脂の食機能性発現に至る脂肪酸受容体を介した分子栄養シグナル

食事は日々のエネルギー獲得に非常に重要ですが、近年の欧米を中心とする日本を含めた先進諸国の人々の多くが、過度な食事や高脂肪・高カロリー食による過剰エネルギー摂取の結果、肥満、さらには糖尿病に代表される生活習慣病等の代謝性疾患を引き起こしてしまい、社会的にも大きな問題となっています。

近年、食由来の脂肪酸をリガンドとする細胞膜上の受容体(G蛋白共役型受容体GPCR)が同定され、脂肪酸はエネルギー源としてだけではなく、シグナル伝達物質として認識されるようになりました(Kimura et al. Physiol Rev. 2020)。これらの受容体群は、脂肪酸により活性化されることから、生活習慣病の新たな創薬標的分子や機能性食品素材の作用ターゲットとして注目されています。この中で、GPR84はMCTオイルの主要構成脂肪酸である中鎖脂肪酸により活性化されます。また、GPR40とGPR120は、大豆油などに含まれるオメガ6脂肪酸であるリノール酸や、シソ油や魚油に含まれるオメガ3脂肪酸であるαリノレン酸やDHA、EPAのような多価不飽和脂肪酸によって活性化されることが知られています。

これまでに私たちは、高脂肪食摂取により内因的に産生された中鎖脂肪酸、あるいは食事からのMCTオイルの補充が、肥満誘発性の代謝性疾患進展を抑制することを明らかにしました(Ohue-Kitano et al. JCI Insight. 2023、等)。また、MCTオイル摂取時に効率的に産生されるグルコースの代替エネルギー源であるケトン体のβヒドロキシ酪酸がGPR41、アセト酢酸がGPR43に作用し、ケトン食や断続的断食のようなケトジェニック環境下において体重の減量効果に寄与することを明らかにしました(Miyamoto et al. PNAS. 2019, Kimura et al. PNAS. 2011)。更には、長鎖脂肪酸受容体GPR120が食事性肥満の原因因子であることや、GPR40やGPR120を介して高脂肪食摂取による慢性炎症惹起と肥満に対し、腸内細菌による多価不飽和脂肪酸の代謝変換を介した宿主側代謝恒常性維持に関わることを見出しました(Miyamoto et al. Nat Commun. 2019, Ichimura et al. Nature. 2012、等)。

現在、私たちは各種臓器間ネットワークに基づく、これら脂肪酸受容体を介した新たな食用油脂由来代謝物による、生体エネルギー調節機構についての研究を進めています。そして、食とその代謝脂肪酸による包括的生体エネルギー恒常性維持機構の解明を目指します。これらの研究によって、肥満・糖尿病に代表される生活習慣病に対する新たなる機能性油脂の開発、そして、エネルギー調節に関与する宿主受容体を標的とした創薬応用へ繋げます。