Kyoto University
Graduate School of Biostudies
Molecular Neurobiology

研究内容Research

分子生物学的手法による遺伝子改変マウスを用いた生理実験や、神経細胞や脂肪細胞、各種細胞株を用いた細胞レベルでの実験、質量分析計による代謝物解析や次世代シークエンサーを用いたゲノム解析、安定発現株を用いたGPCRリガンドスクリーニングに加え、個体レベルでの生命現象・生理機能の解明、そして機能性食品、プロバイオティクス、創薬などの実学応用へ繋げることを目指します。

Research01

食と腸内代謝産物による栄養認識受容体を介した恒常性維持機構

食事は日々のエネルギー獲得に非常に重要ですが、近年の欧米を中心とする日本を含めた先進諸国の人々の多くが、過度な食事や高カロリー食による過剰エネルギー摂取の結果、肥満、さらには糖尿病に代表される生活習慣病等の代謝性疾患を引き起こしてしまい、社会的にも大きな問題となっています。

近年、食由来の脂肪酸をリガンドとする細胞膜上の受容体(G蛋白共役型受容体GPCR)が同定され、脂肪酸はエネルギー源としてだけではなく、シグナル伝達物質として認識されるようになりました(Kimura et al. Physiol Rev. 2020)。これらの受容体群は、脂肪酸により活性化されることから、生活習慣病の新たな創薬標的分子や機能性食品素材の作用ターゲットとして注目されています。この中で、GPR41とGPR43は、食事による食物繊維の腸内細菌分解産物である、ヒトを含む宿主にとって重要なエネルギー源となる短鎖脂肪酸をリガンドとします。 GPR84はMCTオイルの主要構成脂肪酸である中鎖脂肪酸により活性化されます。また、GPR40とGPR120は、大豆油などに含まれるオメガ6脂肪酸であるリノール酸や、シソ油や魚油に含まれるオメガ3脂肪酸であるαリノレン酸やDHA、EPAのような多価不飽和脂肪酸によって活性化されることが知られています。

近年、腸内細菌叢がその宿主のエネルギー調節や栄養の摂取、免疫機能、神経機能等に関与し、その結果、肥満や糖尿病などの病態に影響するという知見から、私たちは、食事と腸内細菌の宿主エネルギー調節への関与と脂肪酸受容体との関係に着目しました。私たちは食物繊維摂取により生じる短鎖脂肪酸がGPR41やGPR43を介して、臓器間、更には世代を超えた個体間での宿主エネルギー恒常性に関わることを明らかにしました(Kimura et al. Science. 2020, Kimura et al. Nat Commun. 2013, Kimura et al. PNAS. 2011)。 また、グルコースの代替エネルギー源であるケトン体のβヒドロキシ酪酸がGPR41、アセト酢酸がGPR43に作用しケトン食や断続的断食のようなケトジェニック環境下において体重の減量効果に寄与することを明らかにしました(Miyamoto et al. PNAS. 2019, Kimura et al. PNAS. 2011)。更には、長鎖脂肪酸受容体GPR120が食事性肥満の原因因子であることや、GPR40やGPR120を介して高脂肪食摂取による慢性炎症惹起と肥満に対し、腸内細菌による多価不飽和脂肪酸の代謝変換を介した宿主側代謝恒常性維持に関わることを見出しました(Miyamoto et al. Nat Commun, 2019, Ichimura et al. Nature. 2012)。

現在、私たちはこれら脂肪酸受容体を介した、各種臓器間ネットワークによる、新たなる食由来代謝産物による生体エネルギー調節機構についての研究を行っています。さらには、脂肪酸だけに止まらず、腸内細菌叢において産生される各種代謝産物や食由来代謝産物が生体の恒常性維持に及ぼす影響について国内外の研究者達と研究を進めています。そして、食とその代謝産物による包括的生体エネルギー恒常性維持機構の解明を目指します。これらの研究によって、肥満・糖尿病に代表される生活習慣病に対する新たなる機能性食品の開発、プロバイオティクスへの応用、そして、エネルギー調節に関与する宿主受容体を標的とした創薬応用へ繋げます。

Research02

性ステロイドホルモンによる即時性反応を介した高次生命機能

近年、性ステロイドホルモンは性機能への関与だけではなく、母性行動、攻撃行動や情動、節食、リズム、睡眠、そして記憶や学習を含む高次脳機能に至るまでの多彩な機能に関与していることが明らかになってきています。従来、性ステロイドホルモンは核内受容体を介して、生体において種々の生理機能を発揮すると言われてきました。しかしながら、核内受容体を介するにしては、あまりにも即時的なステロイドホルモンにより誘発される反応が多数あり、これらの反応は細胞膜上の受容体を介して行われると予想されていましたが、その分子実体は現在まで明らかにされていませんでした。

近年、この性ステロイドホルモンの細胞膜上の受容体として、エストロゲンに対し、GPCRであるGPR30、またプロゲステロンに対し、mPRファミリーや、MAPRファミリーが同定されました(Kimura et al. CPPS. 2012)。私たちは、このうちのMAPRファミリーであるneudesinとneuferricinを世界で初めて単離・同定し、neudesinが神経栄養因子であり神経系を介して食事性肥満に関わる重要な因子であることを明らかにしました(Ohta et al. Sci Rep. 2015, Kimura et al. J Neurochem. 2010, Kimura et al. JBC. 2008)。これらの細胞膜上性ステロイドホルモン受容体は一般的に知られている核内受容体を介したgenomicな作用に対し、即時性のnon-genomicな作用(MAPK経路の活性化、細胞内Ca濃度の上昇等)を有します。そのために、核内受容体では証明できなかった、全く新たな性ステロイドホルモンの機能とリンクすると期待されています (Kasubuchi et al. Sci Rep. 2017)。

したがって、私たちは近年発見されたプロゲステロンの細胞膜上受容体のmPRおよびMAPRファミリーに注目し、性ステロイドホルモンの即時的反応の解明とそれに基づく生体機能調節機構の発見を目指します。この研究は乳癌や不妊等の従来の性ステロイド関連疾患治療薬開発だけに留まらず、雌雄差、性差に関連した生活習慣病、睡眠・リズム障害の新規治療パラダイム発見の可能性と、さらにはそれからの美容・健康と化粧品の融合医学への新たな知見を提供すると期待されます。

Research03

がん細胞における代謝とシグナル伝達、がん悪性化分子メカニズムの解明

エフリン受容体(Eph)ファミリーは、正常な組織においてはリガンドであるエフリン(ephrin)と結合することで、細胞内のチロシンキナーゼ活性が上昇し、神経軸索ガイダンスや血管の誘導など、発生過程において様々な役割を担っています。一方で、Eph-ephrinシグナルのバランスが崩壊すると、様々な疾患に結びつくことも明らかになりつつあります。

その中でもEphA2受容体は脳腫瘍をはじめ、肺、大腸、腎、膵、乳がんなど数多くの組織由来のがんにおいて、その発現量が正常な組織と比べて異常に高く、発現量とがん細胞の悪性度の高さに相関性があることが確認されています。がん細胞において高発現しているEphA2は、本来のエフリンによって活性化されるシグナル伝達とは異なり、エフリンリガンド非依存的なシグナル(非古典的エフリンシグナル、non-canonical ephrin signaling)によって、細胞の増殖や運動性の促進など、がん悪性化を引き起こしていることが多数報告されています。ところが、EphA2及びその関連分子をターゲットとしたがんに対する有効な治療法が未だ確立されていないのが現状です。

私たちの研究グループでは、 エフリンリガンド非依存的なEph受容体シグナルによって引き起こされるがん悪性化に関わる重要な分子やそのシグナル伝達経路を明らかにしてきました(Harada et al. JCS. 2015, Hiramoto-Yamaki et al. JCB. 2010, Katoh and Negishi. Nature. 2003)。一方で、がん細胞におけるグルコース代謝とシスチン代謝が密接に関連していることを新たに見出し、その制御を行うシグナル伝達の一端を明らかにしてきました(Yamaguchi et al. JBC. 2020, Yamamoto et al. Cell Signal. 2020, Goji et al. JBC. 2017)。

現在、私たちはがん細胞における代謝とシグナル伝達に着目し、がん細胞の悪性度を決定する分子メカニズムの一端を解明することをめざすとともに、がんの新たな診断法や治療法の開発へとつながる候補分子の同定を行うことを目指しています。

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